2006年8月のニュースレター:[以前のニュースレター]
 
 
8月28日(月)
 
 
■ロバート・パットナム著『孤独なボウリング』の読破に挑戦
 国会が閉会して2ヶ月以上経過する。今年の夏はそれだけ時間の余裕があったわけで、思い切って海外に出かけたり、日ごろ読みたいと思っていても、時間がなくて読めなかった本を読むことにした。そうした中で、アメリカの政治学者であるロバートDパットナムハーバード大学教授の書かれた『孤独なボウリング』という本文だけで500ページを越す大著に挑戦した。
 この本を読むきっかけは、最近つとに注目度が高いソーシャルキャピタル=「社会関係資本」について調べているときに出会ったパットナム氏の同じ題名の論文が目に付いていたし、何よりも日本で2001年に翻訳された『哲学する民主主義』というイタリアの地方制度改革によって成立した州制度において、各州の持つ違いの背景に、それぞれの地域における「市民性」の違い、「市民共同体」の発達程度の違いがあることを論証したものを読んでいたことがある。経済の発展している北部地域においては市民共同体のつながりの深さが、各種のスポーツチームのクラブ組織率だとか新聞の購読率や選挙での投票率の高さなどと見事に関連しているのに対して、市民共同体のつながりの弱い南部地域においては、地域のボス支配が依然として残る中で、経済的にも停滞したままになっており、イタリアにおける「南北格差」の背景には、このような『社会関係資本』の一つである、市民共同体の発展が強く関係している事を知ることができ、このような分析が日本やアメリカではどうなのか、是非とも分析してもらいたいものだと思い続けていた。今回の『孤独なボウリング』という大著はまさに『哲学する民主主義』の続編であり、そのアメリカ版でもある。

■1970年代に社会関係資本の低下はなぜ生じたのか
 パットナム氏はアメリカ政治学会会長をされた著名人で、『孤独なボウリング』をかかれた過程で、大衆誌『ピープル』にも取り上げられるほどに全米中で有名になり、クリントン大統領に招かれたこともあるほどである。それだけに、この本で書かれている実証分析については、読むものをしてなぜこんなにも大きくアメリカの社会は変貌していくのだろうか、何がアメリカ社会のコミュニティの崩壊をもたらしているのだろうか、と考えさせられる。コミュニティの崩壊と書いたが、市民的なつながりの大きな低下とも言える出来事が歴史的、地域的に分析されている。とくに政治参加では投票率の低下や政治活動への参加の落ち込み、市民参加ではPTAや各種市民組織の組織率の低下をはじめ、労働組合の組織率の低下や宗教活動への参加の落ち込みなど、日本においても共通して見られる出来事が各種調査から実証されている。他方でインターネットの拡大や一部社会運動の面での拡大が見られるものの、総じて1970年ごろを境として社会関係資本の急速な減少が生じているのだ。では何故このような社会関係資本の落ち込みが進んできたのか、パットナム氏の分析に依れば、第一に世代的な変化、第二にテレビなどの影響と余暇時間の変化、第三、第四として時間と金銭面のプレッシャー、とくに共稼ぎ化による変化、そして郊外化、スプロールと通勤時間を上げている。このような変化の要因は日本でも共通して見られる現象でもあり、なぜ日本でもかつての1960~70年ごろまでの学生運動をはじめ労働運動や革新自治体作りの前進などが見られたのに、70年代の半ば以降急速に停滞していく背景が、ここに指摘されることに符節があっていると思われる。

■求められる地域の市民活動への参加体制強化
 かくして社会関係資本の充実・強化に向けて、今後の課題として打ち出されているのが地域の市民参加の活動の強化である。子供たちの課外活動の参加をどうしたら高めることができるのか、インターネットをどのように活用すれば、青年たちの社会参加が勝ち取れるのか、労働現場でも大きな変化が生じているが、職場が家族へのやさしさとコミュニティとの親和性を大きく高める方策を探るべきであり、街づくりにあたっては通勤時間を短縮し、友人とのさりげない社交が促進されるようにしていくべきだし、信仰の世界でも、これまで以上に意義のある精神的コミュニティに深くかかわるように、また同時に他の人々の信仰と実践に対して寛容になるようにすべきことを主張されている。さらに、政治において国民がより多くの公共生活への参加(集会への参加、委員を務め、選挙運動を行い、投票に参加する)できるようにしなければならない、としている。
 総じて現状の分析に対して、対処すべき方策がやや抽象的過ぎる嫌いはあるものの、的確な問題提起といえよう。日本にとっても同じような課題が求められているのだと思う。




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8月21日(月)
 
 
■ がんばれ駒澤大学苫小牧高校、3連覇は目前だ
 今年の夏の残暑もなかなか厳しい。北海道も30度を越すこともあるが、それでも秋はもうそこまで来ている。
 そうしたなか、夏の高校野球の全国大会では、北海道の駒澤大学苫小牧高校の3連覇をかけた戦いが繰り広げられ、北海道はもとより全国的にも注目され続けている。まことに厳しい戦いの連続ではあるものの、とうとう決勝戦にまで駒を進めることとなり、20日の早稲田実業高校との決勝戦は、なんと延長15回を終わって1対1となる大接戦を演じ、引き分け再試合となって21日に持ち越すこととなった。優勝決定戦が引き分け再試合になったのは、あの青森の三沢高校と愛媛の松山商業との熱戦以来、史上二度目である。かつて高校野球界では白川の関を優勝旗が越えることがなく、ましてや津軽海峡を渡ることなど想像だにしていなかっただけに、3年前の初優勝のときには「まさか」という心境であった。ところが昨年もまた優勝という快挙を成し遂げ、今年もし3連覇することとなれば、戦前の中京商業以来のまさに歴史的ページを飾ることとなるだけに、北海道民の期待も大きい。この間、駒澤大学苫小牧高校は全国の高校野球関係者から、打倒苫小牧と標的になるわけで、その重圧たるや想像を絶するものがある。それだけにここまで勝ち抜いてきたことに対して、正直「脱帽」せざるをえない。選手の技術だけでなく、指導者にも恵まれ、チームワークの良い総合力で勝るチームでなければ到底優勝などできないわけで、あらためて関係者に対して敬意を表したい。そして、21日には是非とも深紅の大優勝旗を、三度津軽海峡を渡らせてもらいたい。沈滞する北海道の経済・社会に明るい話題を提供し道民に活力を与えて欲しいと思う。

■オシムジャパンによって間違いなく強くなる日本サッカー
 スポーツの話題になったので、サッカーについて触れてみたい。何を隠そう、小生の卒業した広島の私立修道高校は1962年、すなわち高校2年のとき全日本サッカー選手権大会で全国優勝をしている。それ以来優勝どころか、県予選を勝ち進むこともできなくなっているのだが・・・。そのときの決勝戦の対戦相手が京都の山城高校で、エースストライカーにはあの釜本選手が2年生ながら出場していたのだ。その後1期6年間だけであったが、参議院議員という同じ政治家として顔をあわせることになろうとは、当時はまったく想像もできなかったことは言うまでもない。さて、今年のワールドカップドイツ大会で日本は予選リーグで惨敗をして、日本チームの監督に、あらたにジェフ市原監督オシム氏が就任することとなった。旧ユーゴスラビアを代表する名監督といわれ、あのボスニア・ヘルツェゴビナやコソボの民族間の厳しい内戦の中でも、解体しつつあるユーゴスラビアの監督として数々の戦績を誇っている。ジェフ市原をみるみる間に強くして、ナビスコカップを優勝するところまで持っていった手腕は高く評価されている。そのオシム監督の発言が注目されている。なかなか味わいのあるウイットに富んだ内容だけでなく、選手の心を捉えて離さないリーダーシップこそが評価される所以なのだろう。もちろん、サッカーに対する考え方が実に明確で、90分間ピッチを走り回る体力と、いつでも臨機応変に対応できるよう自分の頭を使って考えるプレーの必要性を訴えている。けだし、そのとおりであろう。オシム監督の下で日本チームは、おそらく今年のワールドカップ代表とは大きく異なったメンバーが選ばれていくに違いない。そのことは、日本チームの質的な強化が実現できる道に通じるのだと思う。オシムジャパンから目が離せなくなってきた。

■峰崎後援会主催パークゴルフ大会に100名が参加
 スポーツは見るだけでなく、やはり自分ですることが重要である。そうした中で北海道から始まったパークゴルフは、老いも若きも手軽に楽しめる大衆的なスポーツとして大変な広がりを見せている。8月19日に開催した第6回みねざき後援会主催のパークゴルフ大会は、100名を越す参加があり大盛況のうちに無事終了することができた。地区ごとに仲間が集まり、チームを作って連日のようにパークゴルフを楽しむ人たちが増え、市民どおしのふれあいの場にもなっているし、何よりも健康にいい。このような市民の絆を広げることが、地域を民主化し活性化につながる道でもあると思う。言うところの「社会関係資本」の一つと見ることもできよう。



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8月17日(木)
 
 
■小泉総理の靖国参拝強行でぶち壊し続けたアジア近隣外交
 ニュースレターの発行が不規則になってしまい、まことに申し訳ない。中国から帰って直ちに季節労働者問題の厚生労働省との交渉が入り、また、年に一度のゴルフコンペを8月10日北広島プリンスホテルのゴルフ場で開催するなど、なかなか忙しい日程となってしまった。さらに、14〜16日まではお盆休みとなり、かくして17日に発行せざるを得なかった次第である。もちろん、8月15日の「終戦記念日」の日に、小泉首相が靖国神社に参拝するかどうか、それを見極めて出したいと考えていたことも一つの理由である。
 その靖国神社への参拝問題であるが、予想どおりというか、やっぱりというか、とにかく小泉総理の個人的な思い入れが、アジアを中心にした近隣外交をぶち壊したことは間違いない。この行為に対してお隣の中国や韓国は、報道だけを見る限り思った以上の感情的な反発にならなかったように思える。われわれが中国に出向いたとき、できれば感情的な反発は避けてもらいたいという意見を表明したのであるが、その思いに添った形での対応がなされたことにややほっとした気持ちであった。ただ、そこへ加藤元自民党幹事長の山形の自宅に放火をし、犯人が自殺を図るという事件が気を重くさせる。加藤氏は、小泉総理の靖国参拝問題では、自民党内で一番強硬に反対していた方の一人であり、そのことゆえにこのような事件に及んだとすれば、看過するわけには参らない。日本の戦前の軍国主義への回帰が簡単にはできると思わないものの、このような小さな事件から事態は大きくなっていくことを考えるとき、政治に携わるものとして絶対に見逃すことはできないし、背後関係も含めて徹底的に調査していくべきである。

■A級戦犯の分祀は可能ではないのか
 さて、靖国問題であるが、A級戦犯が合祀されていることに対して昭和天皇の発言に対するメモが日経新聞にスクープされて以来、内外での論議が活発になってきている。とくに経済界は中国との関係で、これ以上の関係悪化を防ぎたいという意向が強く、9月の自民党総裁選挙に立候補を予定している谷垣財務大臣は「総理大臣としては靖国に参拝すべきではない」と言明しているし、もう一人の麻生外務大臣は「国立の追悼施設靖国神社として非宗教法人化すべき」という提言をしているものの、圧倒的な支持を強めている安倍官房長官は、だんまりを決め込んでいる。靖国問題については小沢代表が発言されているように、直接戦争で亡くなられた方たちに限るべきであり、A級戦犯を分祀すれば良い、という主張に一理あるように思われる(もっとも政治と宗教との関係での憲法問題が残るが、伊勢神宮の参拝はあまり問題視されないのはなぜなのか、今ひとつしっくりとしないのだが・・)。小野田さんや横井さんが戦死されたと思っていたら、なんと無事生存して日本に帰国されたとき、靖国神社の対応ではお二人の合祀については取り消されたという(この間の経緯については、インサイダーの高野孟氏の最新レポートを参照してもらいたい)。それだけに分祀できないことはないのではなかろうか。いずれにせよ、この問題を次の総理大臣選びの際により明確に表明してもらいたいと思うのは、国民全体の声といえよう。とくに、第二次世界大戦の歴史認識や、極東裁判についての評価なども含めて、外交政策の基本認識についての政策論争が求められているのだと思う。

■中国の民主化への道のりは険しい・・ 訪中記その二
 さて、中国訪問について再び触れたい。8月2日、国務院新聞弁公室の蔡室長との会談の際、小生から中国における国民の多様な民意・世論についてはどのように把握されているのか、という質問を出したところ、室長は中国共産党の7000万人党員、700万組織があり、そこから民意を把握しているし、インターネットの普及が1億3千万人にまで達しており、政府サイトを開いてそこに50万人が登録し、対応できるとのことであった。直接秘密投票による自由な選挙の実現が、まだまだ遠いことを知らされた。もっとも13億人の国民を統治することの困難さを考えるとき、一筋縄ではいかないことも理解できるのだが、台湾や香港という民主主義制度が定着していることに目を向けていくべきであろう。長い目で見ていく必要がある根本問題でもある。それにしても、上海の発展振りには目を見張るものがあった。リニアカーに乗り時速431kmを体感したとき、日本の新幹線の250km以上のスピード感を感じたのだが、妙な揺れがひどいことやコスト面での課題が大きいことも知らされた。



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8月8日(火)
 
 
■4度目の訪中記,その一
 梅雨が明けた日本の暑さから、中国の首都北京のからっとした暑さに22年前、初めての訪中のときのことを思い出した。1984年7月中旬、北京空港に到着したときに出迎えてくださったのが劉洪才さんで、現在中国共産党対外連絡部の副部長になられている。あのときの北京に比べれば、その発展ぶりには目を見張るものがある。なによりも天安門広場の前を圧倒的な乗用車の車列が目に付く。22年前は自転車の車列が文字通りうんかのごとく通り過ぎていたことからするとその差は雲泥の差だといえよう。もっとも1984年以降、国会議員となっては、同僚の直嶋参議院議員とも訪中したし(今回も一緒に訪中した)、前回の訪中は2002年6月に鳩山代表が200人近い一般市民を伴っての訪中団の一員として、わずか3日間の北京だけの滞在であったせいか、その時は北京の印象が薄い。
 北京空港には中連部の陳都明総合政策処長と2003年から1年間日本の一橋大学に留学した林明星日本処アタッシエの2人が出迎えて頂き、1週間北京まで同行してくださり、すっかり打ち解けた友人としてわれわれ代表団に対応していただいた。とくに林さんは一橋留学の際、小生が石学長に頼み込んだ経過もあり、日本留学中にも時々お会いしていたし、その後もメールでのやり取りを通じて小生との交流が続いている。今後とも、日本と中国との人的交流の要としての役割が大きく期待される人である。

■武大偉外交部副部長との会談
 さて、一番の日本側の関心事項は北朝鮮との関係であった。団長をされた中川正春衆議院議員は脱北者問題について熱心に取り組んでこられた方であり、また、国連での決議がなされた直後であっただけに、特に話題の中心は北朝鮮が核問題やミサイル発射問題に対してどのような認識を持って対応し、それに対して北朝鮮側がどのような対応をしてきたのか、直接対応された武大偉外交部副部長(前駐日大使を勤められていた著名人である)との会談での大きな論点であった。武副部長は直接北朝鮮側と直前まで外交折衝をなされた方であり、その経緯がとくに注目された。
 6月には直接ピョンヤンに出向いて、一つはミサイル発射の中止と二つには6者協議への参加を提言したが、今のところ受け入れられないとの事であった。また、ミサイル問題については事前に世界各国に通告したらどうかと提言したが、アメリカに対してはできないとのことであった。中国は北朝鮮に対して大きな援助をしているだけに、強く問題を提起してもらいたいとの質問に対して、長い間の友好国であり、また主権国家でもあり中国の言いなりになるわけではない。援助も北朝鮮に対して影響力の発揮を目的でしているものではないとの事であった。ただ、北朝鮮としても日本やアメリカ、韓国との関係改善をしたいとの意欲はあるし、朝鮮半島の非核化には賛成をしているが、ミサイルと核は同一視することはできない、朝鮮労働党の機関紙で「いかなる国や組織も朝鮮を守ることはできない、自分たちで守るしかない」という北朝鮮側のメッセージを重視していく必要がある、との発言であった。また、北朝鮮としては、制裁を受けたままでの6者協議には復帰できないとの事であった。
 日本側の関心事である拉致問題については武副部長が訪朝中には前進がなかったし、この問題については日朝間で直接対話する以外にないが、北朝鮮側は日本に対してこれ以上何もできないし、横田めぐみさんの遺骨は本人のものだと何度も強調していたという。
 わずか1時間という短い中での懇談であったためこれ以上の議論はできなかったものの、直接北朝鮮との折衝をされた方であるだけにその発言には重みがあったといえよう。

■靖国参拝問題についての厳しい意見
 中国側の日本に対する最大の問題である靖国参拝問題については厳しい姿勢に終始し、誰が総理大臣になろうと日中間で交わされたこれまでの3つの政治文書を基本に対処してもらいたいとの立場であった。この点については国務院新聞弁公室の蔡室長との会談でやや詳しく主張されたし、中連部の劉副部長との懇談でも台湾問題と並んで強調されていた。日中友好の発展にとって障害となる問題であり、次の総理大臣にはぜひとも解決してもらいたいとの要望が出されていたことだけとりあえず報告しておきたい。





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