2006年6月のニュースレター:[以前のニュースレター]
 
 
6月26日(月)
 
 
□日銀総裁は自ら辞職をすべきである
 うっとうしい梅雨が続くなか、6月18日で国会は終了したものの、日銀総裁の村上ファンドへの出資問題によって、衆議院に引き続き参議院の財政金融委員会が23日に開催され、質問に立った。わずか15分間という短い時間であったため、細かい問題についてよりも大きな論点に絞って質問することとし、日銀総裁の持たなければならないコンプライアンスとは何なのか、なぜ日銀総裁は一度任命されればほとんど誰からも解任させることができないほど独立性が与えられているのはなぜなのか、について質していった。 福井総裁は、日銀のコンプライアンスとは、法令や規則を遵守することはもちろん、その立場を利用して私的な利益を得るがごときことは厳に慎まなければならないことを強調された。
 また、日銀総裁として、独立性とともに中立性が求められていることも答弁の中で答えられていた。それ自体はもっともな答弁なのであるが、問題は今回の一連の村上ファンドへの出資問題が、日銀のルールには抵触しないということにあるのではなく、日銀の総裁は、いささかもその中立性や独立性を疑われるような事があってはならないのであり、今回の一連の疑惑についても、いずれも潔白であるということについて次から次へと前言が変えられたり、新しい疑念が露呈すること自体がすでにその立場にふさわしくなくなっているのだ。
 22日、衆議院の審議か終わった直後に、首相官邸に副総裁と一緒に出向き、小泉総理に対してご迷惑をかけたと謝罪している。それに対して小泉総理は、今回の件については責任問題を不問に付しているのだが、そのこと自体が日銀対政府側との微妙な力関係への影響をすでに持ってしまっているのである。

□インサイダー取引の範囲をもっと広くすべきである
 今、経済の世界では日銀のゼロ金利解除が早ければ7月にも実施されるのではないか、と予測されている。総裁は最近ゼロ金利解除について発言内容が微妙にぶれており、村上ファンド問題を意識するあまり、必要以上に神経質にならざるを得なくなっているのである。今後、市場関係者は日銀総裁の発言や日銀の決定の背景の中に必ず村上ファンド問題を意識して判断をしていくはずであり、そのこと自体が日銀の中立性から逸脱したものにしてしまうのではなかろうか。もはや何を言っても聞く耳を持たなくなった福井総裁に対して、辞任をいくら迫っても「職責を全うすることで疑いを晴らして生きたい」としか答えないのであり、日銀にとってその存在価値が大きく問われている。それと同時に、今回の出来事に見られるように、インサイダー取引は株式だけでなく、ファンドやデリバティブなど広い範囲で問題が生じているのであり、政治家、官僚、中央銀行関係者などはいち早く情報を知りうる立場にあるだけに、インサイダー取引の対象と範囲を広げていく必要があると思う。与謝野大臣は、その問題提起に対して検討したいと答弁されていたことを重視したい。

□岩田順介さんを偲ぶ会に出席
 さて、24日岩田順介元衆議院議員の偲ぶ会が福岡県の飯塚市で開催された。5月5日、69歳で亡くなられたのであるが、残念ながら葬儀に参列することができなかっただけに今回はどうしても出席させていただいた。岩田さんとは小生が参議院議員に当選してすぐに、その人柄に魅せられるように弟子入りをし、政局、とりわけ社会党から新しい新党を作っていく中で無類の能力を発揮され、われわれ社会党内の新党作りを目指すメンバーのリーダーとして活躍され、見事に民主党結党へと結実することになる。
 残念なことに2000年5月、胃がんの全摘手術をされ、その直後の解散・総選挙に手術直後の体に鞭打って、文字通り死に物狂いの壮絶な戦いで残念ながら一敗地にまみれ、その後、引退をされるに至ったのである。2002年、奥様と一緒に北海道に旅行に来られ、大変仲の良いご夫婦の姿を拝見し、われわれの理想にしなければと思ったものである。岩田さんの志は、まさに「政権交代」ができる民主党を作ることであり、その遺志をしっかりと受け継いでいかなければならないと誓ったところである。あらためてご冥福を祈りたい。合掌。
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6月19日(月)
 
 
□小泉内閣は一体何を残したのか
 国会が閉幕した。まだ重要法案が残っている中での会期延長なしという事態は、小泉内閣がもはや何かを積極的に遂行しようという意欲に欠けた「死に体内閣」であることを物語っている。これから小泉総理は9月末までの100日間、アメリカ訪問やサンクトペテルブルクサミットなど外遊案件に明け暮れるのだろうか。ポスト小泉の態度については明らかにしないまま、自民党総裁選挙劇が繰り広げられようとしている。誰になろうとも、小泉改革の負の遺産である東アジア外交や格差の拡大問題など、再検討を迫られることは必至であるし、来年の参議院選挙の高いハードルが待ち構えているのだ。われわれ民主党にとって最大のチャンスが訪れようとしているのだが、小泉内閣の5年間の丁寧な総括が求められている。その中からしか今後のなすべき課題は見えてこないと思うのだが、マスコミ関係者も含めてきちんとした国民への警鐘・提言が必要になっている。

□福井日銀総裁は潔く責任を取るべきだ
 さて、先週の水曜日、参議院財政金融委員会の一般質疑の中で、同僚議員である大久保勉氏が、日銀総裁に対して村上ファンドへの投資があるという噂があるがどうなっているのか、という質問をしたことに対して、福井総裁は1999年ごろ富士通総研時代に、同僚とともに1000万円出資したことと、それらの税制上の処理は適切になされていることなど答弁がなされ、直ちに全世界にこの内容が駆け巡り、東京株式市場の株価は日経平均で600円以上の値下がりとなるなど、市場に激震が走ったのである。大久保議員は、できれば噂されていることに対して、ぜひとも自ら潔白を示してもらいたいとの思いがあったのであるが、ふたを開けてみるとなんと噂は事実であり、しかも翌日の予算委員会や衆議院の委員会での質疑の中で、株式も複数所有しているとの答弁であった。一般人であればなにも問題ない取引であることは間違いないのであるが、何せ立場が日本銀行という金融政策の最高責任者であり、この間庶民の預貯金金利がゼロに押さえられている中での投資であるだけに、いくら村上氏を激励するために出資したという目的であったとはいえ、年間数%〜数10%という利益を得ていたことに対する道義的責任は免れないのだと思う。日本銀行事務当局は、かつて審議委員に任命された民間出身者に対して、株式などは信託するよう助言していたという。なぜ福井総裁に対してそのような助言がなされなかったのか、まことに不可解である。今週20日には一連の国会からの資料請求に対する回答が出される。それを踏まえて参議院財政金融委員会での閉会中審査をする必要がある。ここはきちんとけじめをつけるべきであり、日銀の独立性がこの一件によって政府側からの圧力の材料にされてはならないのだ。まことに優れた識見を持った有能な方で誠に惜しいのではあるが、賢明な総裁の判断を期待したい。

□夕張市の赤字債権団体化について思う
 夕張市が赤字債権団体になることを選択した。かねてから噂されていた夕張市の財政が大変深刻であるということが実証されてしまった。夕張市は産炭地として日本経済の発展や戦後復興に大きく貢献してきたのだが、国のエネルギー革命の中で、閉山に次ぐ閉山で、その後始末に追われるだけでなく、地域振興策として多くの新しい事業を進めてきたのであるが、その成果が出てくる以上に高齢化と過疎化が進み、ついに赤字債権団体の選択を余儀なくされるに至ったことは間違いない。
 この間、地域再生に尽力された自治体関係者の努力は誠に涙ぐましいものがあったし、現在もなお努力され続けてきている。小生も空知の5市1町の方たちの閉山対策に微力ながら関与してきただけに、この夕張市の問題は単に夕張市だけでなく多くの道内市町村に構造的な問題として大きくのしかかってきていると訴えたい。国はこの問題を起こした背景に、自分たちの経済政策や地域政策の過ちがあったことも認めるべきであり、その再建策に当たっては地域の要望をしっかりと聞き入れたものにしていくべきである。できるだけ早く小生も夕張市に出向き、現地の方たちの声をつかんで行きたい。現在、国と地方の財政再建問題で、地方は黒字になっているのに国は赤字だ、として一律に地方財政、とりわけ交付税の削減を唱えていることに対して警鐘を鳴らす必要がある。豊かな自治体ばかりではなく、多くは構造的な赤字で苦しんでいるのだ、と。
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6月12日(月)
 
 
□森尾fさんの葬儀にあたり思うこと
 またまたニュースレターで悲しい報告をせざるを得ない。
 6月7日、午前2時34分、小生にとって両親に勝るとも劣らない恩人であった森尾fさんが、ついに帰らぬ人となられてしまったのである。享年79歳であった。
 森尾さんは小生を1974年4月から、自治労全道庁労働組合の調査室に主任研究員として採用していただいた方であり、その後は自治労北海道本部や全道労協の輝けるリーダーとして活躍された。労働組合運動だけでなく、1963年に結成された社会主義協会北海道支局の代表として、1970年代半ばからから80年代の後半に至るまで、当時の日本社会党の発展強化に向けて、事務局長として一緒に仕事をさせていただいた。その後、小生が参議院議員に立候補・当選して以降、今日に至るまで、本当に暖かく激励やご支援をしていただいてきた。まことに痛恨の極みであり、少なくともあと10年は生きていただき、われわれ後輩に対して助言をしていただきたかったという思いで一杯である。
 森尾さんの葬儀委員長を仰せつかり、あらためて経歴を拝見させていただいた。砂川の農家で生を受けられ、昭和20年3月、旧制滝川中学を卒業後、直ちに予科練に志願されている。この時17歳という若さで「自分の死を覚悟した」と言われ、辛うじて敗戦となり復員され、敗戦後の混乱の中、砂川町役場で農地解放の仕事に従事され、同時に砂川町の職員労働組合の執行委員にもなられ、あの「2・1ゼネスト」を体験されている。
 まさに戦後民主主義改革の最前線で戦い続けてこられたわけで、よく学習会で戦後労働運動史を講義される時、思わず力が入ったと『私本・労働運動40年』のなかで語っておられる。
 その後、道庁に勤務され、全道庁運動から自治労運動、全道労協と続く労働運動に生涯をかけて戦い続けてこられた。また、戦後の地方自治の民主化の中で誕生した田中革新道政が、1959年の横路・町村対決で敗北したことに対し、なんとしても革新道政を奪還する戦いに全力を傾けてこられたなかで、1983年横路革新道政誕生に大きく貢献されてきたことが特筆されよう。
 1975年、小生が北海道に来て最初の知事選挙で五十嵐広三さんを立てて闘って敗北した後、「道政調査会」を立ち上げ、政策作りにも努力され、多くの学者や専門家を結集され、それが横路道政誕生の大きな原動力の一つにもなったことなど、枚挙にいとまない。その努力の背景には戦後の地方自治をいかに発展させていくのか、地域から住民参加をどのように勝ち取っていくのか、「職場闘争一本やりの戦略・戦術」だけでない幅広い戦略の構築を考え続けてこられたのである。全道労協議長時代の泊原発凍結100万人署名運動は、その燦然と光り輝く実践であり、道議会での森尾さんの堂々たる答弁は、自民党議員をしても高い評価があったという。
 森尾さんの生涯を振り返るとき、絵画との関係を語らないわけにはいかない。先ほどの『私本・労働運動40年』の中で語れられているように、小さい頃から絵が好きで、本当は絵描きになりたかったのでは、と思われるほどであった。労文協の山内栄治さんと「北海道美術振興協会」を立ち上げ、若い絵かきさんたちの支援活動には本当に尽力されていた。われわれ夫婦が、長野県にある戦没された「画学生の絵画館」を訪れたとき、思わず森尾さんの思いはこのような美術館を作ることなのでは、と思ったりしたものである。
 思いは尽きない中で、どうしても触れなければならないのは政治との関係であろう。日本社会党には昭和33年ごろ入党され、社会主義協会も昭和38年ごろには北海道支局をつくられ、事務局長から出発され、小生が来道した時にはすでに代表であった。政治が大きく激変したのはベルリンの壁が崩壊し、1991年ソ連邦の崩壊と続き、日本においても1993年自民党の分裂以来、合従連衡が続き今日に至っている。そうした混迷の中で、森尾さんは、絶えず胸には日本社会党の結党記念のバラのバッチをつけ続けておられた。それは戦後民主主義の戦いを続けてこられた証でもあり、われわれに対してこの重たい理念を片時も忘れるな、との警世の証しだと思っている。
 森尾fさん。安らかにお眠りください。残されたわれわれは、森尾fさんの思いをしっかりと受け止め、平和と民主主義を発展させていくために全力を尽くします。本当にありがとうございました。合掌。
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6月5日(月)
 
 
□政権の末期症状に入りつつある自民党政権
 早いもので、6月に入り18日で国会は終わりそうである。先週号でも触れたのだが、小泉総理大臣の「会期の延長はしない」意向がようやくはっきりしてきた。教育基本法や国民投票法案といった与野党の対決が必至と見られていた法案は、軒並み継続審議として先送りされるわけである。刑法の凶暴罪などは民主党の修正案を丸呑みするという提案まで出てきたものの、民主党はその提案を一蹴し、自民党や政府閣僚の中からも民主党案の丸呑みに対する批判が出て、あえなくその動きは頓挫してしまった。政権の末期に近い迷走といえよう。あと2週間で会期末を迎えるわけで、民主党は内閣不信任案の上程も考えているわけで、国会がどのように展開するのか、予断を許さなくなっている。医療保険法案が参議院にかかっており、この強行採決が一番の焦点になるものとみられる。

□鉄面皮の西川善文郵政会社社長の強弁
 先週の財政金融委員会で2回質問に立った。一つは大分県にある第2地方銀行である「豊和銀行」の自己資本比率の低下による公的資本増強問題であり、もう一つは、大手メガバンクの一つである三井住友銀行が2002〜04年にかけて、中小企業に融資する際に高度な理解が必要なデリバティブ取引である金利スワップ商品を、銀行の優越的地位を利用して強制的に販売したという独占禁止法違反で、公正取引委員会から告発され、それを受けて金融庁から業務停止などの処分を受けてきた。その当時の三井住友銀行の頭取であり、現在、郵政民営化に向けた郵政会社の社長をされている西川善文氏を参考人として招致し、質問を行ったのである。
 豊和銀行の問題については、時間の関係で詳細は次回のニュースレターで取り上げたい。問題は三井住友銀行の西川氏に対しての質疑である。実は三井住友銀行が、さくら銀行と住友銀行との合併によって誕生する前に、公正取引委員会は巨大になるメガバンクが、優越的地位を利用して圧力販売をしないよう、両行に対して強く指導をし、両行とも「しない」旨の約束をしていたのであり、今回の違法行為はその約束を破ったものであり、悪質なのである。西川氏は違法な行為をしないように各部門にコンプライアンスの体制をとってきたこと、それにもかかわらず犯罪を起こしてきたことは遺憾であることは認めたものの、なぜそのような予防措置がとられていたにもかかわらず違法な行為が起こってきたのかについては十分な反省がなされておらなかったことである。おそらく、再びこのような問題が起こりうる可能性が大きくあることをうかがい知ることができた。また、西川氏がまだ全銀協の会長をされていた当時、「郵貯・簡保が、国家補償が残る民営化の移行過程において、シェアを拡大することはやめてもらいたい」と主張されていたにもかかわらず、自分が郵政会社の責任者になるや否や前言を翻し、拡大路線を突っ走ろうとされていることについてどう考えるのか、と質問をしたところ、郵政の仕事にはアンバランスなところがあり、それを是正しようとしているだけだ、と強弁されたのだ。あいた口がふさがらないとはこのことであろう。公人としてあるまじき発言であり、引き続き厳しく追及していく必要がある。

□北海道ブロック憲法討論集会に参加して思う
 民主党の憲法調査会が、全国でブロック別討論集会を開催しつつあり、6月3日北海道ブロックの討論集会が、札幌市の自治労会館で開催された。中央からは前憲法調査会会長である仙谷由人衆議院議員が、「憲法提言」を中心に問題提起をし、質疑・討論に入った。多くの党員・支持者から質疑が行われ、議事録も正式の速記者が入っておられたので詳細は省略したいが、一番の焦点である第9条の改正の必要性があるのかどうか、という点が多かった。紙数が少なくなったのであまり詳しく触れることができないが、一番の問題は、自衛隊を違憲とするのか、あるいは合憲として、それを国連を中心とした集団的安全保障の枠組みの中で自衛権を制限していくのか、ということにあるように思われる。もちろん、小生は後者の立場に立っているのだが、村山政権ができた時に当時の社会党が「自衛隊は合憲、日米安保を容認、日の丸・君が代は国旗・国家である」とそれまでの主張を180度変えざるを得なかったことをどのように受け止めるのか、ということにかかっているように思う。まさに、政党として政権を奪還し自分たちの代表を通じて政権を作り上げていかなければならないのだ。
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