2005年1月の日記:[以前の日記]
 
 
1月31日(月)
 
 
第501号 2005年1月31日

□民主主義を愚弄する小泉首相
 国会が始まり、先週1週間は本会議で衆参の代表質問が行われ、次いで補正予算案についての衆議院の予算委員会が2日間、NHKのテレビ放映のもとで開催された。
月曜日の本会議で、岡田代表が総理大臣の所信表明演説に対して、代表質問に立った。そして不十分な小泉首相の答弁に対して、再質問を行ったのであるが、小泉首相はまともに答えず「岡田代表は私の答弁に不満はあろうが、指摘された問題点に、私はすべてにわたって答えており答弁漏れはない」という立場で押し切ってしまった。あまりの発言のひどさに耐えかねて、河野衆議院議長が小泉首相に対して、「誠実に答弁するように」と注意したのであるが、もともと官僚の書いてくれた答弁原稿にない追加質問には、自信のなさから、まともに答える意思をもたなかったのだ。
翌日の小宮山洋子議員の質問でも、同じような答弁に終始し、まったくもって国民を馬鹿にした態度に、民主党は当初、議場から退出をするなど怒りの声を強く持ったものの、質疑を通じて小泉首相の問題点を明らかにしていく作戦を取ることとなったしだいである。なんとなく、しょっぱなの国会対応に、割り切れないものを感じたのは小生だけでなかったようで、小沢副代表の批判談話が出ていたのが印象的であった。

□予算委員会でもまともに討論しない小泉首相
 同じように、小泉首相の答弁に誠実さが感ぜられなかったのが、補正予算に対する予算委員会での答弁であった。久方ぶりの登場となった、「次の内閣」の菅国土交通大臣が、過去の小泉首相の問題発言を取り上げ、その点に対して改めて釈明を求めたことに対して、ほとんど小ばかにしたような答弁に終始したことである。靖国神社への参拝についてどうするのか、と問いただしても、「しかるべく対処したい」と鸚鵡返しに答えるだけで、議論は一向に進展しないままであった。
特に腹立たしいのはアメリカの世界戦略の変更に伴って、米軍基地の再編問題が出ていることに対して、アメリカとの関係で具体的な中身については答えられない、という答弁に終始し、かつてイラクへの米軍の戦闘に対してどうするのか、という問いに対するときと同様、あいまいに答弁し、いざ決まってから明らかにするという国民を無視した答弁に終始したことである。こんな答弁に終始して恬として恥じない総理大臣をいただいていることの恥ずかしさを感ずると同時に、怒ってもどうしようもない無力感に襲われたのである。数の力で押し通すことで本当によいのであろうか。
今週は参議院の予算委員会に引き続き、衆議院の予算委員会も始まる。民主党の正念場である。

□映画「北の零年」を観る
 久方ぶりに映画を観た。今話題の北海道を舞台にした「北の零年」である。明治維新の過程でさまざまな出来事の中、淡路・稲田家が北海道の静内に移住させられる。その後の苦難に満ちた展開の中で、主人公の志乃 (吉永小百合)が馬を飼育し、新しい国づくりに乗り出し成功する。そうしたあらあらの筋書きは、船山馨の『石狩平野』と『お登勢』がベースになっている。小生が30年以上も前、北海道に移住することが決まったとき、学生時代からの運動をともにした尊敬する先輩である津和崇さんから、是非これを読んだら、と紹介されたのが『石狩平野』であり、その後『お登勢』も一気に読んで、北海道開拓に入った方たちの苦労の数々を知り、感動したことを思い出した。
また、主人公の志乃の夫(渡辺謙)が、いろいろの経過から自分を助けてくれた女性と結婚してしまう場面など、ややスケールに欠けるもののイタリア映画「ひまわり」を思い出させてしまう。主人公役の吉永小百合がやや泥臭さが欠けているものの、なかなかよい映画だと思う。たまに映画館で映画を見ることで心が洗われるように思える。ビデオでは味わえない何かがある。
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